週末図書館

読書・映画・その他もろもろ、管理人が面白いと感じ、特に皆さんに紹介したいと思えたものについて書き綴るブログ

世界を変えた魚 (越智敏之『魚で始まる世界史 ニシンとタラとヨーロッパ』平凡社新書)

 魚が好きだ。刺し身も、焼いたのも、煮たのも。

そんな魚が世界史とどのような関わりがあるのか、知りたいと思った。

帯の煽りがかっこよい。

近代以前、西洋人の主食は肉ではなく、都市の殷賑を、航海の新局面を、自由の精神を、ヨーロッパの近代をもたらしたのは、魚である!

魚である!

また、著者の越智氏は歴史畑の人ではなく、専門が英文学、それもシェイクスピアであり、いたるところに沙翁の引用が出てくるのも、この本を手に取った理由の一つだ。

私も英文学科だったので。

 

魚と宗教

私は宗教の話が好きで、小説を読むときも宗教や民俗学の知識が物語内に挿入されると非常にワクワクする。

 さて「イクトゥス」という言葉がある。ギリシャ語で「魚」を意味する。

ギリシャ語で綴ると「ΙΧΘΥΣ」となるのだが、これはΙΗΣΟΥΣ ΧΡΙΣΤΟΣ ΘΕΟΥ ΥΙΟΣ ΣΩΤΗΡ (ギリシャ語で、イエス、キリスト、神の、子、救世主)という5つの単語の頭文字を並べたものでもある。つまり「イクトゥス」は魚を意味するのと同時キリスト教徒のシンボルでもあったのだ。非常にワクワクする。

 

また、メソポタミア文明では、魚は豊穣の女神と結び付けられていた。

イシュタルがこれに当たる。

これがローマ時代に入ると、メソポタミアの風習がローマにも導入された。

ローマ時代に入るころには、魚は豊穣であるがゆえに生命のシンボルであり、なおかつ永遠の生命を求めるがゆえに葬儀と関係して復活のシンボルであった。

 豊穣の女神がいれば、その神を崇拝するものが必ずいる。

そのものたちは女神と一体化するために儀式として魚を食べる。

このように儀式として魚を食べる風習は魚の消費を増加させ、後には国を挙げての政策まで出来上がるようになる。

魚と断食

キリスト教の断食において特に目の敵にされるのは「肉」であった。肉を食べ、ワインを飲むと肉欲が高まるとされた。

肉欲こそはキリスト教の楽園であるエデンの園にはもっとも相応しくない欲情で、それこそ知恵の実を食したゆえに発現したものであり、これは是非とも取り除かなければならなかった。

 前述したような、肉とワインを肉欲と結びつける考え方は、「体液理論」によるものである。

四大元素説をご存知だろうか。万物は「火・水・土・空気」という4つの元素から構成されるというものだが、これら4つにはそれぞれ特徴があり、火は温かくて乾いているが水は冷たくて湿っている。

また人体のなかにも4つの体液が存在するとされ、それは「血液・粘液・黄胆汁・黒胆汁」である。これら4つは四大元素にそれぞれ対応するとされ、空気は血液、水は粘液と対応する。

人間一人一人にはそれぞれ特有の体液のバランスがあり、これは個人の気質の違いのもととなる。またこのバランスが崩れると病気になるとされた。

つまり健康は食べ物によって左右されるのだ。医食同源ではないか。

 

そしてなにより、人間の性欲も体液理論で説明されていたという。

人間の性欲を引き起こすのはプネウマという物質と、血液であるとされた。

そのため、性欲を抑制するには血液を発生させる食品を控えるか、もしくはそれを抑制するものを食べれば良い。

血液を生成するのは「熱く湿ったもの」つまり肉やホットワインだ。これらを食べなければよい。

逆に性欲を抑制する食品は「冷たく湿った」食品である。

 

水の中に棲む魚はその「冷たい」食べ物だった。 

 キリスト教における断食の目的は、肉食を止めることで性欲を抑制することにあったそうだ。そのためには魚を食べる。これが最終的には、断食日には魚を食べるのが許されるようになり、やがては積極的に魚を食する日へと変化し、ついには「フィッシュ・デイ」と呼ばれるまでになる。

これはどういうわけかというと、断食日にはキリスト教徒が積極的に魚を食べるということだ。全世界のキリスト教徒が魚を食べるのだ。

これだけの消費をまかなうには、「魚を多くとる」という側面と、「魚を長く保存する」という2つの側面の発達が不可欠であった。

 

これが漁船の強化→海軍力の強化へとつながり、イギリスはスペインの無敵艦隊を破ったりするのにつながる。

また、いちはやく魚の保存技術を確立した国が、世界の中心国、貿易の勝者となる。

 

世界史の出来事を「魚」という視点から切り開いていく本書。(魚だけに)

 著者の新たな世界史本の発行を期待してしまう。

 

魚で始まる世界史: ニシンとタラとヨーロッパ (平凡社新書)

魚で始まる世界史: ニシンとタラとヨーロッパ (平凡社新書)